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福岡高等裁判所 昭和36年(ネ)449号 判決 1963年10月18日

控訴人 辛川宣行

被控訴人 古川政敬

主文

原判決を次のように変更する。

被控訴人は控訴人に対し別紙目録<省略>(1) (3) 記載の土地を引き渡せ。

控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を控訴人の負担とし、その一を被控訴人の負担とする。

事実

一、当事者双方の求める裁判

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の土地を引き渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

二、控訴人の請求原因

(一)  別紙目録記載の土地は元控訴人の先代亡辛川茂太の所有であつたところ、茂太が昭和二七年八月一九日死亡し、その長女松崎トヨメ、長男辛川孝行、二女坂上ヨシ子及び二男控訴人においてその相続をしたのであるが、控訴人以外の右三名の相続人は被相続人茂太の生存中相続分を超える財産の贈与を受けていたために相続開始の際その相続分がなく、従つて右土地の所有権は控訴人において承継取得し、昭和三二年七月二三日その旨の登記を経由した。

(二)  被控訴人は何等正当な権原なくして右土地を耕作して占有している。

(三)  そこで、控訴人は本件土地の所有権に基き被控訴人に対し該土地の引渡しを求める。

三、被控訴人の答弁

(一)  控訴人の主張事実中、本件土地が元控訴人の先代亡辛川茂太の所有であつたこと、茂太が昭和二七年八月一九日死亡し、控訴人主張の四名の者がその相続をしたこと、本件土地について昭和三二年七月二三日控訴人のために相続による所有権移転登記がなされていること、被控訴人が本件土地を耕作して占有していることは認めるが、その余の事実を否認する。

(二)  本件土地は、茂太の長男である孝行が茂太の生存中茂太から贈与を受けてその所有権を取得し、次で被控訴人が孝行からそれを買受けてその所有権を取得したものであつて、その経緯は次のとおりである。

茂太はその生存中、自分の死後における相続に関する一切の紛争を未然に防止するために、その所有の全財産を二人の息子(長男の孝行、二男の控訴人の両名)にそれぞれ分配贈与した。本来茂太には、息子の外に二人の娘(長女のトヨメ、二女のヨシ子があつたのであるが、娘二人は既に他に嫁し、且それぞれその結婚に際して相当の嫁入道具を整え与えていたので、その二人が将来相続財産について要求をすることもあるまいとの考えのもとに、茂太はその全財産を二人の息子に配分贈与したのである。そしてその配分については、控訴人は、鎮西中学を卒業して将来給料生活者として身を立てることになつていた関係で、控訴人に対しては、熊本市秋津町沼山津字境峠三四八番畑一反九畝一二歩外三筆の田畑及び住家一棟を分配贈与し、本件土地を含むその余の財産全部を実家にあつて家業の農業継ぐべき長男孝行に分配贈与したのである。

そして、被控訴人は次のように孝行より本件土地を買受け、その所有権を取得したのである。

(1)  昭和二七年七月一六日に別紙目録(2) 記載の田九畝一六歩を代金三万九、〇〇〇円で買受ける旨を約して即時代金の支払を了し、昭和二九年一月七日にその所有権譲渡について熊本県知事の許可を得た。

(2)  昭和二九年二月二四日に別紙目録(1) 記載の田二反二六歩を代金一五万円で買受ける旨を約して即時代金の支払を了し、同年四月二三日にその所有権譲渡について熊本県知事の許可を得た。

(3)  昭和三一年一月頃に別紙目録(3) 記載の畑二三歩を、代金四、六〇〇円で買受ける旨を約して即時代金の支払を了し、昭和三一年四月六日に被控訴人の長男古川強名義をもつてその所有権譲渡について熊本県知事の許可を得た。

もつとも、以上の所有権取得については、未だその旨の登記を経ていない。

(三)  仮に別紙目録(2) 記載の田九畝一六歩が右売買契約当時孝行の所有でなかつたとするならば、右売買の売主は茂太であり、孝行は、その代理人として該契約を締結したものである。そして茂太は孝行に右売買につき代理権を与えていたのである。

仮に孝行に右の代理権がなかつたとしても、被控訴人は孝行に右の代理権があるものと信じていたのである。

(四)  以上のとおりであつて、被控訴人は所有権に基き本件土地を占有しているのであるから、控訴人の本訴請求は理由がない。

四、右主張に対する控訴人の答弁

(一)  被控訴人主張の(二)の事実は、茂太の相続人であるトヨメ、ヨシ子の二人が既に他に嫁していること、控訴人が鎮西中学を卒業したことは認めるが、その余は全部否認する。

(二)  同(三)の事実は否認する。

五、証拠関係<省略>

理由

辛川茂太が昭和二七年八月一九日に死亡し、その長男孝行、二男控訴人、長女トヨメ、二女ヨシ子の四名がその相続をしたことは当事者間に争がない。そして、本件土地が元茂太の所有であつたことは、被控訴人の認めるところであるので、他に特段の事情のない限り、それは当然茂太の遺産に属するものと解されるものであるところ、この点に関し、被控訴人は、二つの抗弁を主張するので、それについて判断する。

その一として、「茂太はその生前、自分の死後における相続に関する一切の紛争を未然に防止するために、その所有の財産の内熊本市秋津町沼山津字境峠三四八番畑一反九畝一二歩外三筆の田畑及び住家一棟を控訴人に分配贈与し、本件土地を含むその余の財産全部を孝行に分配贈与した旨」主張するのであるが、本件に顕われた全証拠をもつてしても未だ右事実を認めることはできない。

その二として、「別紙目録(2) 記載の田九畝一六歩は、被控訴人が昭和二七年七月一六日茂太より買受けてその所有権を取得した」と主張する。そして、成立に争のない甲第三号証の二、乙第四考証、原審証人辛川宗寿の証言、当番証人坂上ヨシ子の証言、原審並びに当審における控訴本人尋問の結果、原審における被控訴本人尋問の結果、同被控訴本人尋問の結果によつて真正に成立したと認められる乙第一号証を合せ考えれば、昭和二七年七月頃当時のいわゆる辛川家は、茂太が既に老令に達したために(明治八年三月八日生)家業の農業を継いだ長男孝行を中心に生活が営まれ、従つて茂太はその所有財産の処置等についてもその一切を孝行に一任していたこと、孝行は当時茂太の外に二二才の長男知行を頭に八名の子供を抱えての生活費に窮し、同年七月一六日被控訴人に対し別紙目録(2) 記載の田九畝一六歩を代金三万九、〇〇〇円で売渡す旨を約し、即時その代金の支払を受けそれを生活費に充てたこと、そしてその所有権譲渡については昭和二九年一月七日熊本県知事の許可があつたことが認められ、他に該認定を左右するに足りる確証はない。右認定の事実関係において見るならば、孝行は、茂太の代理人として右土地を所有権譲渡の許可を条件として被控訴人に売渡す旨を約し、茂太はかかる代理権を孝行に与えていたものと解するを相当とするから、右土地の所有権は昭和二九年一月七日条件成就により被控訴人に移転するに至つたものといわなければならない(右乙第四号証によれば、右所有権譲渡についての熊本県知事の許可は、譲渡人辛川孝行としてなされているのであるが、それは右許可の効力には何等の影響を及ぼさないと解する)。

右のとおりであるから本件土地は全部茂太死亡当時、茂太の遺産であつたものというべきところ、他に特段の事情のない限り、本件土地の所有権は、控訴人等四名が相続により承継取得しその共有に属するものといわなければならない。そして、この点に関し、控訴人は「控訴人以外の三名の相続人は茂太の生存中相続分を超える財産の贈与を受けていたために、相続開始の際その相続分がなく、従つて本件土地の所有権は控訴人が承継取得した」と主張し、被控訴人はこれを争うのであるが、それが真実であるか否かは別として、それはその所有形態が単独であるか、他の相続人との共有であるかに過ぎず、しかも控訴人の本訴請求は所有権に基く引渡請求であるのであるから、本件の場合その問題を解明する必要はないとともに、たとえ単独所有を主張したのに対し共有をもつて引渡請求を認容したからとて所有権たることにかわりはないのであるから、当事者の申立てない事項について判決したことにはならないと解する。

ところで、本件土地の内別紙目録(2) 記載の田九畝一六歩については、前説示のとおりその所有権は被控訴人に移転し、現に控訴人の単独所有ないし共有にはないのであるから、これについての控訴人の本訴請求はその余の争点について判断を加えるまでもなく理由がない。

次に、被控訴人は、「本件土地の内別紙目録(1) (3) 記載の土地は、孝行が茂太の生前茂太よりその贈与を受け、被控訴人は孝行より昭和二九年二月二四日に同(1) の土地を、また同三〇年頃同(3) の土地を買受け、いずれもその所有権譲渡について熊本県知事の許可を受けてその所有権を取得した」と主張し、成立に争のない乙第三号証、第七号証、原審における控訴本人尋問の結果、同控訴本人の供述によつて真正に成立したと認められる乙第二号証に弁論の全趣旨を合せ考えれば、被控訴人は孝行より茂太死亡後である昭和二九年二月二四日右(1) の土地を代金一五万円で買受ける旨を約して即時代金の支払を了し、同年四月二三日その所有権譲渡について熊本県知事の許可を得、また控訴人の長男古川強名義をもつて昭和三一年一月頃右(3) の土地を買受ける旨を約し、同年四月六日その所有権譲渡について熊本県知事の許可を得たことは認められるのであるが、孝行が、茂太の生前茂太より右各土地の贈与を受け、その所有者であつたことの認められないこと前説示のとおりである以上、右によつて被控訴人がその所有権を取得し得るはずはない。もつとも、右売買当時、孝行もその共有者であつたとするならば、その持分権については被控訴人に移転するのではないかと考えられる疑があるかも知れないが、単独所有権の譲渡としてなされた右の許可がその持分権譲渡の許可として有効であると解するのは相当でないので-それは、所有権譲渡の許否がなされるについて、その対象が単独所有権であるか、持分権であるかによつて重大な影響をぼすことは農地法第三条第二項各号から見て明かである。従つて単独有所権についてなされた譲渡許可が持分権譲渡の許可として有効であると解するとするならば、許可の対象が持分権であることを前提として許可しうる所定の基準に合致するか否かが判断されないままそれを有効と見ることになるとともに、仮に裁判所がその基準に合致すると認めたとしてもそれを有効と解することは行政庁の意思を補充することになつてその認定権を侵害する結果になるからである-その持分権を被控訴人が取得したものということはできない。従つて被控訴人が右所有権を取得したという被控訴人の主張は採用できない。

右のとおりであるから右(1) (3) の土地は依然控訴人の単独所有ないし、共有に属するものといわなければならない。

そして、右各土地を被控訴人が耕作して占有していることは被控訴人の自白するところであり、他に被控訴人がこれを占有できる権原の存在について主張立証のない本件の場合、被控訴人は控訴人に対しこれを引き渡すべき義務があるものといわなければならない。

そうすれば、控訴人の本件請求は右(1) (3) の土地については正当としてこれを認容し、(2) の土地については失当として棄却すべきであるから、これと異る原判決を変更することにし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村平四郎 丹生義孝 中池利男)

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